雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)は七十二候のひとつで、秋分(しゅうぶん)の初候にあたります。夏の間に盛んに鳴り響いていた雷が収まり、空が静けさを取り戻す時期を表しています。
意味と由来
「雷乃収声」は、「雷がすなわち声を収める」と読み下すことができます。夏場に発生しやすい積乱雲(入道雲)が減り、激しい雷雨の季節が終わりを告げるようすを描いた候名です。夏の午後に突然空を暗くし、大粒の雨とともに轟いた雷鳴が、秋分を迎えるころには聞かれなくなっていきます。
春分の初候には「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」という候があり、春に鳴り始めた雷が秋に収まるという対の構成になっています。七十二候にはこのような春と秋で対をなす候がいくつかあり、自然現象の循環を暦のなかに組み込んだ先人の知恵がうかがえます。雷の声が発せられてから収められるまでの半年間が、ちょうど自然界の活発な活動期と重なっているのも興味深い点です。
古来、雷は畏怖の対象であると同時に、稲を実らせる力をもつと信じられてきました。「稲妻(いなずま)」という言葉は「稲の夫(つま)」に由来するとされ、雷光が稲を実らせるという古い信仰を反映しています。実際、雷の放電によって空気中の窒素が酸化され、雨に溶けて土壌に窒素肥料として供給されることが科学的にも確認されています。雷の声が収まる秋分のころは、まさに稲が十分に実った証しでもあるのです。
この時期の自然と暮らし
- 秋の彼岸 — 秋分を中心とした前後三日間が秋の彼岸にあたり、祖先の供養やお墓参りが行われる。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉のとおり、この時期を境に暑さが和らぐとされている
- おはぎ — 秋の彼岸に供えるおはぎは、秋に収穫される小豆を使った季節の和菓子として親しまれている。春のぼたもちと本質的には同じものだが、季節の花にちなんで呼び名が変わる
- 昼夜の均衡 — 秋分は昼と夜の長さがほぼ等しくなる日とされ、この日を境に夜が長くなっていく。日暮れの早さを実感し始める時期でもある
- 秋空の澄みわたり — 雷雲が去った後の秋空は高く澄み、空気が清らかに感じられるようになる。秋の夕焼けも格別の美しさを見せる
補足・豆知識
雷は夏に多いイメージがありますが、日本海側の地域では冬に発生する「冬雷(ふゆがみなり)」も知られています。北陸地方で冬に見られる雷は「鰤起こし(ぶりおこし)」とも呼ばれ、寒ブリの漁期が近づいた合図とされてきました。ただし、全国的に見れば雷の頻度は夏にピークを迎え、秋分のころには明らかに減少するとされています。
雷を「かみなり」と呼ぶのは「神鳴り」に由来するとされ、雷神(らいじん)は風神とともに日本の神話や美術に頻繁に登場します。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」は、その代表的な作品として広く知られています。雷の声が収まり静かな秋空が広がるこの候は、夏の喧騒が去り、自然が穏やかな表情を見せる季節の境目を象徴しているといえるでしょう。
なお、「雷」の字は「雨」と「田」から成り立っており、雨と農耕の関係を想起させます。稲作において雷は恵みの象徴でもあり、その声が収まるということは、稲が無事に実りを迎えて雷の力がもはや必要なくなったことを意味しているのかもしれません。雷乃収声の候は、自然の力が役目を終えて静かに退く、厳かな季節の幕引きを感じさせる候名です。


