玄鳥去(つばめさる)は七十二候のひとつで、白露(はくろ)の末候にあたります。春に日本へ渡ってきたツバメが、子育てを終えて南方へと帰っていく時期を表しています。
意味と由来
「玄鳥(げんちょう)」はツバメの古称で、「玄」は黒を意味し、ツバメの黒い背中にちなんだ名前とされています。春分の初候には「玄鳥至(つばめきたる)」という候があり、春に訪れたツバメが秋に去っていくという対になった構成は、七十二候が自然の循環を美しくとらえていることを示しています。
ツバメは東南アジアやオーストラリアなどの温暖な地域で冬を過ごし、春になると繁殖のために日本へ渡ってくる夏鳥の代表です。人家の軒先に巣をつくる習性があり、古くから人間の暮らしのすぐそばで子育てをしてきました。ツバメが巣をつくる家は繁栄するという言い伝えもあり、商店の軒先にツバメの巣があると縁起がよいとして大切にされてきたとされています。
秋が近づくと、ツバメたちは電線に集まって群れをつくり、渡りの準備を始めます。河川敷の葦原にも大群でねぐらを形成し、夕暮れどきに数百、数千のツバメが一斉に葦原へ飛び込むようすは壮観です。やがて南へ向けて飛び立っていく姿は、夏の終わりを告げる風景として多くの人に惜しまれてきました。
この時期の自然と暮らし
- ツバメの集結 — 渡りの前にツバメたちが電線や葦原に大群で集まるようすが見られ、旅立ちの気配が漂う。若鳥も含めた大群が空を舞う姿は秋の風物詩として知られている
- 秋の彼岸の準備 — 秋分を前にお彼岸の準備が始まり、おはぎや秋の花を供える支度が各地で行われるとされている
- 赤とんぼ — アキアカネなどの赤とんぼが山から里に降りてきて、秋空を群れ飛ぶ姿が各地で見られるようになる
- 稲刈りの始まり — 早稲の地域では稲刈りが始まり、コンバインの音が田園地帯に響くようになる。収穫の活気があふれる時期にあたる
補足・豆知識
ツバメの渡りは片道数千キロメートルにもおよぶ長旅とされています。体重わずか十数グラムの小さな体で海を越えて旅をする生命力には、驚くべきものがあります。近年の研究では、ツバメにジオロケーターと呼ばれる小型の記録装置を取り付けて渡りのルートを追跡する調査も行われており、フィリピンやマレーシアなどで越冬していることが確認されています。
日本では「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」という言い伝えがあります。これは湿度が高くなると虫が低い位置を飛ぶようになり、それを捕食するツバメも低空飛行になるためとされています。また、ツバメは飛びながら虫を捕食する能力に優れ、時速五十キロメートル以上の速度で空中を自在に飛び回るとされています。ツバメの去った後の軒先には空の巣が残り、にぎやかだった夏の日々を静かに思い起こさせてくれます。来春、再びツバメが戻ってくる日を待つ気持ちもまた、日本の秋ならではの情趣といえるでしょう。
なお、ツバメは害虫を大量に食べてくれる益鳥としても知られており、一日に数百匹の虫を捕食するとされています。農業にとっては頼もしい味方であり、ツバメが去った後の田畑では害虫対策を改めて意識する必要が出てきます。ツバメの渡りは、人間の暮らしにも具体的な影響を与える自然のサイクルのひとつなのです。玄鳥去の候は、ツバメとともに過ごした半年間を振り返り、再会の春を心待ちにする季節です。


